コラム 第2回 :手作り石けんは 本当に肌に良いのか?


何年か前に 前田京子さんの本などで「手作り石けん」がブームになりましたね。
今はそのときほどではないですが、「コールドプロセス」製法で作る手作り石けんを販売するお店の数は相変わらずネット上に無数に存在するように思います。
そういったショップのホームページを見てみると、「コールドプロセスで作る手作り石けんこそが肌に優しい」、
「(原料油脂が)植物油脂100%だから、肌に優しい」ということを強調しているものが多いです。
しかし、本当にそうなのでしょうか・・・?

実際にご家庭のキッチンなどで、コールドプロセス製法により、油脂から石けんを作ったことがある方ならこの用語はお分かりかと思いますが、油脂の「けん化価」というものを基に、必要なアルカリの量を決めます。

けん化価とは・・・油脂1gをけん化するのに必要なKOH(水酸化カリウム<苛性カリ>)のmg数のこと。

固形石けんの場合は 水酸化カリウム(苛性カリ)ではなく普通NaOH(水酸化ナトリウム<苛性ソーダ>)を使いますから、 NaOHの分子量/KOH分子量 である、40/56、つまり 5/7 を掛ければ、油脂1gをけん化するのに必要なNaOHのグラム数が分かるということになります。

この「けん化価」が実はクセモノで、石けんに使われる主な油脂のけん化価は下記のようになっています。

牛脂 : 193〜205
ヤシ(ココナツ)油 : 246〜264
オリーブ油 : 186〜194
パーム油 : 197〜203
ヒマシ油 : 176〜187


(出典:「化粧品原料基準」(薬事日報社))

ここで注目して欲しいのが 数値に「幅」が出てしまっていることです。
植物(または動物)は 育った場所、環境、収穫時期によって少しずつ成分が違っているのが当たり前で、だから
「けん化価」には どうしても幅が出てしまうんです。
私は以前、化粧品原料の油脂の分析をやっていて、同じ油脂でも 産地によって油脂を構成する「脂肪酸」の組成ががずいぶん違うことに驚いたことがあります。
このことは 普段私達が食べている野菜や果物に置き換えて考えると、分かりやすいと思います。
同じ野菜の同じ品種でも、産地によって、また、有機栽培や化学肥料などの与え方によって、味が大きく違ったりしますよね?
植物や動物は本来、そんなデリケートなものだと思います。

しかし、手作り石けんを作るときに、このけん化価の「幅」を考慮してアルカリ量を決定し、作ったことがあるでしょうか?
インターネットを見ると、アルカリ量の「自動計算機」まであったりして、簡単に手作り石けんのアルカリ量が計算できるようになっています。
その計算の根拠となる数値を見てみると、本来1gをけん化するのに必要なKOHの量が 幅の上限と加減では20mgも違っているはずのヤシ油(ココナツ油)まで、「換算値」として「0.184」という幅の無い数値があります。
どうも 「油脂1gをけん化するのに必要なNaOHのグラム数」 のことを「換算値」と称して、それを基に計算しているようですが、もちろん「換算値」は化学用語ではありません。

原料のけん化価の本来の「幅」に従い、本当の「換算値」を計算すると、
ヤシ油の場合は けん化価が 246〜264 ですから 0.176〜0.189 ということになりますが、これを「0.184」だと
しているのは 便宜上、中間値あたりを取った・・・ということでしょう。

たった「1g」の油脂をけん化するだけでもアルカリ量の下限と上減が 0.176〜0.189と、このように違うのです。
油脂を何百グラム、何キログラム単位で大量に仕込めば、もっとアルカリの量がアバウトなものになってしまいますよね。
しかも、手作り石けんでは85〜90%くらいのけん化率に留めるようにアルカリ量を減らします。
(これを手作り石けん用語で、「ディスカウント」と言っているようです。)
けん化価自体が「幅」があるので、理論上、コールドプロセス製法では油脂の100%けん化自体が そもそも無理なのですが、それでもけん化価率を上げすぎてしまうと、洗ったときのつっぱり感が強く出てしまうし、肌にも刺激になるから、そんなことはやめなさい・・・ということで、アルカリの量を「ディスカウント」することが当たり前になっています。

もともと けん化率の幅があってけん化価の数値がはっきり分からないものを「中間値」くらいでアバウトに計算した上、アルカリ量を意図的に減らして石けんを作るわけですから、そうやってゆっくり時間をかけて出来上がった石けんには 純粋な「石けん」の他に、どんなものが残っているでしょうか。
 「遊離脂肪酸」、石けんになりきれなかった「不けん化物」や油脂、グリセリン、水分などが残ります。

「コールドプロセスで作る手作り石けんが肌に優しい」ということを謳っているサイトや本などでは 「グリセリンが
残っているから」というのを理由にしているものが多いです。

しかし考えてみてください。グリセリンは近所の薬局等でも手軽に安く買うことが出来る、単なる「保湿剤」でしかありません。
グリセリンが含まれているだけで「肌に優しい」という理由になるのなら、なら 手作り石けんではなく、純度ができるだけ高い上質な無添加石けんを買ってきて、グリセリンを混ぜて練ったほうがよほど肌に優しいんです。
なぜなら、けん化法や中和法で作る石けんのほうが「遊離脂肪酸」や「不けん化物」などの、肌にとってよくない「不純物」がほとんど残っていないからです。

特に「遊離脂肪酸」はニキビやコメド(面皰)の原因になっています。
脂肪酸の「オレイン酸」をウサギの耳に塗ると、そこにコメドが出来ることはよく知られています。
オレイン酸は手作り石けんの原料油脂に多く使われているオリーブ油に多く含まれている不飽和脂肪酸です。
しかし「オリーブ油」そのままの状態では 即、コメドができるわけではありません。
「油脂」の状態では 脂肪酸はグリセリンとくっついた状態(グリセリド)で存在しており、遊離(フリー)の状態で存在しているわけではないからです。
脂肪酸がグリセリンから離れてしまうのは 「加水分解」を受けたとき・・・すなわち、アルカリと水によって
油脂(グリセリド)が 脂肪酸と グリセリンになったときです。

仕込みの際のアルカリの量がもともとアバウトな上に、ディスカウントもしているから、コールドプロセス製法で作る「手作り石けん」では グリセリンも残る代わりに「遊離脂肪酸」も多量に残ってしまいます。
おまけに、出来上がりの石けんには水分も多いので、溶け崩れもひどかったりします。
熟成が十分でないと、遊離アルカリが残っていることもあります。 この場合は肌に刺激になりますね。
特にオリーブ油などに由来する「不飽和脂肪酸」の多く残った石けんは酸化して劣化するのも早く、保管中に異臭がしたり、変色したりするのも早いです。

こう説明してみると、一見、肌に良さそう・・・に見えるコールドプロセス製法の石けんや手作り石けんが 決して肌に良いとは言えないというのが 分かると思います。

もちろん、こういった石けんの全てが肌に悪いとは言いません。
ですが ニキビやコメドが出来やすい方など、「肌質」によっては 避けたほうが良い石けんであることは間違いありません。
前田京子さんの本の影響からか、「牛脂の石けんは毛穴に詰まる」と思っておられる方が かなりいらっしゃるようで、当社の石けんの原料油脂が牛脂メインなので、そういったことを心配したお客様から、ご質問を受けたことがあります。

しかし、けん化法や中和法で作った石けん素地には コメドの原因となる「遊離脂肪酸」はほとんど無いのに比べ、コールドプロセス製法で作った石けんは もともと「遊離脂肪酸」がたくさん残るような作り方で作られているわけですから、コメドの原因になるのは むしろ手作り石けんやコールドプロセスの石けんのほうである・・・と言えるのです。

※コメド(面皰)とは・・・
ニキビの前段階で、毛穴がせばめられ、皮脂が毛包内にたまった状態になっているものを指す。